デザインや機能性に優れ、時代を超えて愛される名作家具や照明たち。実用品を超えて芸術作品としても評価されています。
数ある名作の中から今回は、技術の複雑さを感じさせない照明「ヘラクレウム|Heracreum」をご紹介します。
デザイン:ベルトヤン・ポット|Bertjan Pot|オランダ
製造:moooi|モーイ|オランダ
2010年|ペンダント照明
植物に見えるが、植物を模してはいない。
その矛盾の中に、ヘラクレウムの本質が宿っています。
照明には「こういうものをつくろう」という設計から生まれていない名作もあります。
素材や工程と向き合いながら手を動かし、予期せぬ出会いや失敗の先に、思ってもいなかった完成形が姿を現す。そういうプロセスの産物です。
モーイ|moooiのヘラクレウムも、そのひとつです。
ポットは様々なインタビューで、自分の作品のつくり方についてこう語っています。
「手が頭を驚かせてほしい(I want my hand to surprise my head)」
Dezeenのインタビューで語ったこの言葉は、スタジオ・ベルトヤン・ポットの公式にも通じる姿勢です。
彼の公式プロフィールには、「ほとんどの実験は、ものごとがどう機能するか、どう見えるかへの純粋な好奇心から、衝動的に始まる」とあります。
計画よりも好奇心が先にある。設計よりも手が先に動く。コンピュータを使わず、まず小さなサンプルをつくり、「考えすぎるな、まずつくれ(Stop thinking, start making)」という言葉を自スタジオのスタッフにも伝えています。
ポットにとって、試作とは答えを確認する作業ではなく、問いを見つける手段です。
「失敗もまた、発見である(Very often the mistake is the discovery)」
この言葉が、彼のつくり方の核心を表しています。
ヘラクレウムの誕生について、ポットは自身のスタジオ公式サイトでこう書いています。
「ヘラクレウムはモーイのファンタジーとして届いた」
「多数のLEDを同時に点灯させたい」
そのシンプルな衝動から、電線の束を枝状に成形し試作が始まりました。
ところが、各節点にハンダ付けを施す工数が膨大になると判明し、量産の壁にぶつかります。
これはポットの制作哲学に照らせば、むしろ典型的な展開です。
「失敗が発見」である以上、壁は行き止まりではなく、次の発見への入口です。
相談を持ちかけたモーイの共同創設者・マルセル・ワンダースが提案したのが、「luminous idea(光輝くアイデア)」と後にポットが呼ぶことになるエレクトロサンドウィッチ技術でした。
金属フレームの表面に絶縁層と導電層を順に施し、フレーム自体を電線代わりにする製法です。
エレクトロサンドウィッチの導入がもたらした変化は、「問題の解決」にとどまりませんでした。
ポットはこう振り返っています
「当初この計画を始めたときに期待していた以上に、線の細い構造が実現できた」
電線という物理的制約がなくなることで、彼自身が想像していた以上の繊細さが生まれました。
「技術とデザインはお互いのために生まれてきたようだった」
というポット自身の言葉が、美辞麗句ではなく、本当の驚きの告白として響くのは、この文脈があるからです。
これがヘラクレウムという名を自然に呼び込んだ理由でもあります。
セリ科の多年草「ヘラクレウム(Heracleum)」は、細い茎の先端に小さな花が傘状に広がる植物です。
電気的な要求から出発したフォルムが、完成した瞬間に植物と一致した。
その一致は、狙ったものではなく、プロセスが導いた結果でした。
ヘラクレウムを初めて見た人の多くは、植物のようだと感じます。
エレクトロサンドウィッチの存在も、LEDの精密な配置も、目には映りません。
これは偶然ではなく、プロダクトとしての完成度の高さを示す証拠です。
本当に優れたプロダクトとは、技術の難しさを感じさせないものです。
解決策が表に出ず、使う人の体験のなかに静かに溶け込む。
それがデザインの本当のゴールといえます。
ヘラクレウムは現在、ステデライク美術館(アムステルダム)のコレクションに収蔵されています。
ヘラクレウムの誕生は、熟考された設計やデザイン先行の産物ではありません。
「手が頭を驚かせる」というポットの哲学が、偶然と技術と失敗を経由して生み出した照明です。
技術の難しさを感じさせないこと。
それはプロダクトの目的が、技術ではなく体験にあることを、ヘラクレウムが静かに証明し続けているのです。
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