デザインや機能性に優れ、時代を超えて愛される名作家具や照明。その背景には、独自の感性と哲学を持つデザイナーたちの存在があります。
今回は、遊び心あふれるデザインで世界的に知られるデザイナー「Stefano Giovannoni|ステファノ・ジョヴァンノーニ」をご紹介します。
はじめに
部屋の片隅に、大きなウサギが佇んでいます。ウサギの耳と丸みを帯びた背中が一体となった椅子が、それはまるでおとぎ話のようです。そこに腰を下ろすと、「誰かと一緒に居るような」不思議な感覚を感じるでしょう。家具に座っているのではなく、誰かに傍にいてもらうような感覚です。
これは、ステファノ・ジョヴァンノーニが Qeeboo|キーブー のためにデザインした「Rabbit Chair|ラビットチェア」の話です。デザイン史に足跡を刻み続けて30年以上。その時間をかけて磨き上げられた「感情をデザインする」という信念が、ここに一つの完成形として結実しています。
彼の歩みを丁寧に辿ると、近代デザインへの静かな反乱と、ナラティブデザインという思想の深化があります。そして今、その集大成として立ち上げた「キーブー」が、世界のデザイン市場で確かな存在感を放っています。
INDEX
1954年生まれのジョヴァンノーニは、フィレンツェ建築大学で学んだ後、1980年代にミラノで頭角を現しました。
Bauhaus|バウハウス 以来の近代主義は「形は機能に従う(Form Follows Function)」を原則としてきました。しかし1981年、Ettore Sottsass|エットレ・ソットサス を中心に結成された Memphis|メンフィス グループが、この理性主義への異議を唱え文化的現象へと昇華させます。原色、幾何学模様、あえてキッチュな素材、それまでの「美しさ」の価値観を揺さぶった思想集団です。
メンフィスが「美術館のためのデザイン」だったとすれば、ジョヴァンノーニが目指したのは「私達のためのデザイン」、思想の民主化でした。プロダクトを「詩」として扱うというブランド Alessi|アレッシィ の哲学と彼の感性は見事に共鳴し、長期にわたる協業関係が始まります。
「Form Follows Function」——機能が形を決定する=感情は余分であるという考え方に対して、ジョヴァンノーニは「Family Follows Fiction(家族は物語に従う)」という思想で異議を唱えました。
ティーケトルがお湯を沸かすだけなら、どんな形でも構わないはずです。しかし人はティーケトルに「一緒に居て欲しい」と愛着を持ちます。朝のキッチンで、また使いたい(会いたい)と感じます。機能は必要条件に過ぎず、「一緒にいたい」という感情こそが十分条件——これが彼の設計哲学の核心です。
この姿勢は、アレッシィ時代の Girotondo|ジロトンド シリーズや Merdolino|メルドリーノ に結実しました。コレクションとしての楽しさをデザインに組み込むという、当時としては先進的な視点でもありました。
ジョヴァンノーニのプロダクトと安価なキャラクターグッズの間には、明確な質的差異があります。その差異はどこにあるのでしょうか。曲面の制御、プロポーションの精度、仕上げの艶感、この3つが、ジョヴァンノーニのプロダクトを安価なキャラクターグッズと分かつ造形上の根拠です。
彼の丸みは造形上の必然性と感情的な必然性が交差する点に設定され、プロダクトに「彫刻としての存在感」を与えます。赤ちゃんや子供を連想させる愛らしさは知覚の境界線ぎりぎりに抑えられ、「あからさまに可愛い」ではなく「どこか奇妙に親しみやすい」という絶妙な領域に着地します。
これらが重なって生まれる「イタリア的な色気」は、機能美の誠実さを語る北欧デザインとも、繊細さを宿す日本のデザインとも異なります。ジョヴァンノーニのプロダクトは「使う前から関係が始まっている」これこそが高級感の本質です。
1997年に Magis|マジス のためにデザインされたボンボ・スツールは、ジョヴァンノーニが感情設計の枠に収まらない卓越した造形力を持つことを示す証です。磨き上げられたスチールのボディ、ガスリフトによる高さ調節、回転する座面。世界中で多くのインスパイア作品が生まれたことは、逆説的にその完成度の証明です。
擬人化やユーモアはなく、純粋なプロポーションとマテリアルだけで成立するこの作品は、ジョヴァンノーニが感情設計と工業的な造形力の双方を高い水準で備えたデザイナーであることを物語っています。
2016年、ジョヴァンノーニは自らブランド「キーブー」を立ち上げます。30年以上にわたる思想の深化が一つの形として結実した、デザイナーとしての大きな節目です。
アレッシィ時代の「感情設計」は、キーブーにおいて「Narrative Design|ナラティブデザイン」へと深化しました。プロダクトそのものが物語の登場人物として機能し、空間の中に独自の世界観を生み出すという設計思想です。キーブーの作品群を前にすると、機能を満たすことと物語を語ることが分かちがたく一体になっている、その緊張感こそが、キーブーを単なるデザイン家具ブランドではなく「世界観を持つブランド」として際立たせています。
SNS以降、プロダクトは「写真として見られること」を一つの存在様式として持つようになりました。空間に置かれる実物としての体験と、スクリーン上で流通する画像としての存在——その両面性を最初から設計に組み込んでいる点でも、ジョヴァンノーニの先見性が光ります。
ウサギという動物が文化を横断して持つ「やわらかさ」「無害さ」「寄り添い」といった感情的な断片が、椅子というプロダクトに重ねられることで、「座る」という行為そのものが物語を帯びます。
プロダクトが機能を果たしながら同時に物語を語る、その二重性がラビットチェアの本質です。インテリアに置かれたとき、主張しすぎず、しかし確かに「そこに誰かがいる」という感覚を空間に与えます。洗練されたフォルムと感情的な温度が共存するこの椅子は、「機能だけでも、可愛いだけでもない」ジョヴァンノーニの設計哲学が最も自然なかたちで結実した作品の一つです。
茶道具に「銘」を与え、刀に人格を認め、人形に感謝して供養する。日本文化はモノとの感情的な関係を生活の中に深く根付かせてきました。ナラティブデザインという概念は、この感性と軸足はほぼ同じと言っても良いでしょう。キーブーのプロダクトへの日本人の共感は「kawaii」では説明できず、物語と感情を持つモノを愛でる、日本固有の文化的素地との共鳴です。
2020年代の「無機質疲れ」という文化的気分も、再評価の背景にあります。感情的な温度を持つデザインへの関心が高まる今、ジョヴァンノーニが30年以上かけて磨いてきた哲学は時代の要請と合致します。彼が先取りしてきたのは「流行」ではなく、人間の感情の構造そのものだからです。
また、「物への愛着」という消費行動の変容も見逃せません。使い捨て文化への反省として育まれた「長く愛せるものを持つ」というエシカルな考え方は、新しい美学の軸となりつつあります。愛着の湧く形、ユーモアによる感情的なつながり、物語性、これらはまさに、そうした消費観と深く響き合うものです。
ジョヴァンノーニを正当に評価するためには、いくつかの先入観を手放す必要があります。「ポップデザイナー」というラベルは彼の領域を狭めます。彼は本質的には、感情の建築家、つまり人間が日常のモノとの間に結ぶ感情的な関係を、系統立てて設計した人物です。
彼の歴史的な功績は三つの層に整理できます。第一は、ポストモダンデザインの思想的実験を大衆市場に翻訳したこと。第二は、「Family Follows Fiction」という設計哲学を体系化し、感情を設計の対象として確立したこと。そして第三は最も重要なことですが、キーブーの創設とナラティブデザインの実践を通じて、プロダクトが物語として生きる新しいデザインの形を提示し続けていることです。
設計図には「感情が流れる量」は書けません。しかしジョヴァンノーニは、その見えないものを物質に宿らせることを、30年以上にわたって一貫して追い求めてきました。ポストモダンの翻訳者として、感情設計の開拓者として、そしてナラティブデザインの実践者として、彼の思想はかたちを変えながらも、根底では揺るぎなく同じ問いに向かっています。
批評的に見れば、作品群が時に愛嬌の方向へ振れ過ぎる瞬間があることも事実です。しかしそれは、「思想を大衆に届ける」という彼の本質的な使命が内包する選択であり、芸術家ではなくデザイナーであることへの誠実さの表れでもあります。
夜、眠る前に枕元の照明に向かって「おやすみ」と言いたくなる感覚。来客が「これ、かわいい。何?」と聞いてくれる喜び。毎日同じ場所に存在するものが、長い時間をかけて「古い友人」のような重みを持ち始める経験。ジョヴァンノーニが設計したのはプロダクトではなく、これらを体験する瞬間です。
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