デザインや機能性に優れ、時代を超えて愛される名作家具や照明たち。実用品を超えて芸術作品としても評価されています。
数ある名作の中から今回は「カールトン|Carlton」をご紹介します。
INDEX
1980年12月6日の夜、ミラノのアパートにデザイナーたちが集まりました。
ボブ・ディランの「Memphis Blues Again」が部屋に繰り返し流れる中、ひとつの名前が生まれました。それがデザイン集団「メンフィス」です。
この運動は、1960年代の急進的な思想を持つイタリアン・ラディカルデザインの系譜に連なっています。
アーキズームやスーパースタジオが機能主義への批判を観念的な提案として示したとすれば、メンフィスはそれを色と形の言語として、実在する家具として具現化しました。
すでにソットサスは、その直前にアレッサンドロ・ゲッリエーロ率いる前衛集団アルキミアに参加し、ポストモダンデザインの素地を作っていました。
1981年9月19日、ミラノ国際家具見本市(ミラノサローネ)の会場に55点の作品が突如として現れました。以降3カ月の間に世界中の400以上のメディアがこの出来事を報じました。
「グッドデザインの規律を、不遜かつ意識的に超えてゆく」。それがメンフィスの宣言でした。
ソットサスを囲むグループの中核メンバーは、ミケーレ・デ・ルッキ、マルティーヌ・ベダン、ナタリー・デュ・パスキエ、ジョージ・ソーデン、マッテオ・トゥン、アルド・シビック。
国際的なデザイナーとして、アメリカのピーター・シャイア、建築家マイケル・グレイヴス、ハンス・ホラインも名を連ねました。
日本からは倉俣史朗、梅田正徳、磯崎新の三人が参加し、この運動に東洋的な詩情と文化的奥行きをもたらしました。
エットーレ・ソットサス(1917-2007)は、1917年にオーストリア・インスブルックで生まれ、1939年にトリノ工科大学で建築の学位を取得しました。
戦後はミラノを拠点に、建築・インテリア・プロダクトの各領域で活躍します。
1969年にオリベッティ社から発表されたタイプライターバレンタインは、ソットサスの思想を初めて「製品」として世界に提示した出来事でした。
鮮やかな赤のプラスチック筐体、情緒的な広告表現、そして「機能より感情」を優先したデザイン哲学。
これは、当時市場を席捲していた日本メーカーの合理的な製品への、確かな対抗軸でした。
バレンタインは商業的成功以上に、デザインの感情価値という概念そのものを市場に提示したのです。MoMAやメトロポリタン美術館への永久所蔵は、その価値を表しています。
1980年、63歳になっていたソットサスは、引退ではなく急進化を選びました。
若い世代のデザイナーたちと共に創設したメンフィスは、彼にとって哲学の完成形であり、デザイン界への深い問いかけでした。
カールトンは、その問いの核心的存在です。
カールトンがメンフィスの他作品と区別され、特に象徴的に扱われる理由は、その多重の解釈可能性にあります。
メトロポリタン美術館は作品解説にこう記しています。
腕を広げてユーザーを迎えるロボット、複数の手を持つヒンドゥーの女神、あるいは自らが作り上げた空間の頂上に立つ人物、そのいずれとしても読み解けると。
本棚であり、間仕切りであり、チェストでもある。
W190×D40×H196cmというほぼ正方形のシルエットは、空間を分断しながら、光を通す開口部でもあります。
重要なのは、カールトンが「機能美」とは真逆の立場に立つ作品であるという点です。
本を効率よく収納することを目的として設計されておらず、使いやすさや合理性を美として追求した作品でもありません。
むしろカールトンは、機能主義が自明の前提としていた優先順位を敢えて守らないことで、見るものにその存在が何なのか?を問いかけているようです。
さらに、アートの文脈でこの作品を眺めたとき、違う景色が見えてきます。
色彩の構成、左右対称の安定感、人型を思わせるフォルムの力、そして正三角形(実線と仮想線の双方)による精緻な幾何学構造。
これらは、ポップアートや抽象彫刻の系譜に連なる、極めて水準の高い芸術的デザインとして機能しています。
機能を排した結果として、純粋な造形言語が前景化したのです。
メトロポリタン美術館がカールトンをモダン・アンド・コンテンポラリー・アート部門に収蔵しているのは、機能家具としてではなく、アート作品としての評価の表れです。
カールトンの素材は、MDF(中密度繊維板)に装飾用ラミネートを貼ったものです。
ラミネートは本来、大量生産に向いた工業用の樹脂素材です。カールトンは、この素材を高級市場向けに手仕事で丁寧に仕上げた製品として送り出されました。
メトロポリタン美術館はこの点を「高と低の転倒」と評しています。
大理石や銘木でなければ高級品にならないという固定概念に対して、ラミネートは密かな皮肉を隠し味に異を唱えました。
さらに重要なのは、このラミネートのパターンが持つ「空間侵食力」です。ソットサス自身がデザインしたバクテリオ(細菌状の有機紋様)をはじめとする独自パターンは、カールトンの表面を起点として空間全体へと広がります。
1点の家具が置かれた瞬間から、その部屋の空気は一変します。インテリア全体がメンフィスのリズムに染まり、支配されてゆく。
これは装飾ではなく、空間の意味の書き換えです。
普通の本棚には、書物を収める以上の主張はありません。
しかしカールトンは、本を効率的に収納する機能を持たない代わりに、置かれた空間の思想そのものを書き替えるという、本棚にはおよそ与えられてこなかった役割を担うことができます。
このパターンはやがて、メンフィスのテキスタイルや照明、陶磁器へと展開されました。
バクテリオは今日、ファッションやグラフィックデザインの分野でも広く引用され続けています。
かつてメンフィスの作品群を「冗談のようなジャンク」と評したデザイン評論家もいました。
しかし今日、その評価は大きく転換しています。
デヴィッド・ボウイは生涯を通じてメンフィスの熱心なコレクターであり続けました。
2016年の遺品オークション(サザビーズ)では、彼のメンフィスコレクションが100万ポンドを超える値をつけました。
カール・ラガーフェルドはモナコの邸宅全室をメンフィスで統一し、その中にはカールトンも含まれていました。
2022年にはイタリアン・ラディカル・デザイン社がブランドを買収、メンフィスはメンフィス・ミラノとして生まれ変わり、2024年にはミラノサローネへ復帰。
アーカイブから発掘された「これまで製品化されていなかったデザイン」が新たなコレクターの関心を呼んでいます。
ビンテージのメンフィス作品はオークション市場で高い関心を集め、1980年代の初期製造品はとりわけ希少なコレクターズアイテムとして扱われています。
1981年のデビューから今日に至るまで、インテリアとデザインの世界に問いを投げかけ続けている家具はほとんど類を見ません。
時代が変わるたびに再発見され、世代を越えて語り継がれるカールトンの存在は、それ自体が実在する文化的な象徴です。
カールトンは、1981年にエットーレ・ソットサスがメンフィスミラノのために設計した本棚兼間仕切りであり、ポストモダンデザインの最も純粋な結晶のひとつです。いわゆる「機能美」の対極に立つこの作品は、「デザインとは何か?」という機能主義への根本的な問いかけを宿しており、アートの文脈において結果的に極めて水準の高い造形言語を体現しています。
MDF×工業用ラミネートを高度な手仕事で仕上げた逆説的な皮肉を孕んだ高級品であり、正三角形を核とした精緻な幾何学が色彩の奥に潜んでいます。ミケーレ・デ・ルッキ、マルティーヌ・ベダン、倉俣史朗ら国際的な才能が集ったメンフィスは、60年代ラディカルデザインから連なる運動の結実であり、カールトンはその象徴としてメトロポリタン美術館・パリ装飾美術館・東京アーティゾン美術館に収蔵されています。
本を効率的に収納する機能を持たない代わりに、普通の本棚には持ち得ない主張と意義を今も熱を帯びたまま保ち続けています。カールトンの価値は、今日また着実に高まっています。
カールトンの前に立ったとき、人はあることに気づきます。
整然とした棚が「正解」であるなら、カールトンにはそれに対する問いそのものが、すでに棚に乗っているのです。
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