TITLE:ジョガーリの故郷へ

 シャンデリア「ジョガーリ」
 当社では数年前に日本での販売権を獲得して、キッチンと一緒に販売を始めました。今では、TOYO KITCHEN が扱うシャンデリアの代表作になってきています。キッチンにシャンデリアを飾るという、今のキッチン・インテリアのトレンドの先駆けとなった作品でもあります。

 デザインはご存知巨匠マンジャロッティ
近代シャンデリア・デザインのエポック・メーキングな作品です。フレームにガラスのオーナメントを連結してぶら下げるだという、至ってシンプルな発想なのだけど、オーナメントを支える上部のフレームの形を変えるだけで、全体のイメージが変幻自在に変化してくる不思議なシャンデリア。

 また、オーナメントの連結する長さを変えても、まるで違う印象が生まれるというのも面白い。写真は六本木の「TOYO KITCHEN Meble」のエントランスに展示してある、天井から床までオーナメントを連結してある「ジョガーリ
 光の滝のように見えませんか?

 その「ジョガーリ」の製造元である Vistosi 社に訪問してきました。場所はベネツィアの郊外、車で40分ぐらい北に上がったところにあった。工場そのものは古い建物で、なんか趣があった。中での生産は熟練した職人さんが一つ一つハンドメイドで製作していて、古い工場の佇まいと、妙にマッチしていた。

 写真は出来立てのホヤホヤのジョガーリのオーナメント。これだけ並ぶとちょっと壮観だと思った。ハンドメイドなので、一個、一個の形は微妙に違うけど、それがまた味があって美しい。

  Vistosi 社の二代目、Mr.Moretti と工場内で、記念写真をパチリ。
 Mr.Moretti が手にしているのは、TOYO KITCHENの照明・家具のカタログ。カタログの表紙に写ってる足は私の足だって言ったら、大笑いして喜んでくれた。とても気のいいイタリア人のお兄ちゃんだった。

 お昼になったので、昼食をご馳走になった。森の中にある、田舎風の美しいレストラン。大歓迎してくれたという意味だと思うけど、昼間から前菜4品、パスタ2品、それにメインの魚料理と、、極めつけはデザート2品と、山ほどディッシュが並んだ。
 かなり美味しかった。私はセーブして食べたのだけど、同行した社員はセーブが効かず、思わず全て平らげてしまって、昼食後満腹過ぎてのたうち回ってた。
 ハイライトは、同行の社員の一人がエビ・アレルギー。前菜にスカンピ(手長エビ)のカルパッチョが出てきたのだけど、よせばいいのに、折角だから少し食べてみるって言って、一匹食べてしまった。案の定、少し時間がずれてアレルギー噴出時様態に陥って、完璧に一晩死んでた。自業自得なので、同情してやらない事にしたら、「冷たい社長だなぁ」って言われたけど、無視して知らんふりすることにした。

 写真はレストラン内に使われていたベネチィアン・ガラスのシャンデリア。いかにもベニスらしい。日本でもこれからはこういった装飾性の高いシャンデリアも普及してくるのではないかと思った。

TITLE:「ベニスに死す」・・訳ではない。

 ベニスと言うとまず思い出すのは名匠ルキノ・ビスコンティ監督の「ベニスに死す」。死期が迫りくる初老の紳士がベニスで出会った少年に恋をするというストーリーなのはご存知の通り。この映画の耽美的な「美」の描写は、ベニスという街があって始めて成り立つのだと思う。
 ちょっとマニアックなので、誰にもお奨めする訳ではないが、ベニスという街の雰囲気を堪らなく描写してくれているので、ベニスに行かなくても、この映画を見ればもうほぼ満足かもしれない・・ (ちょっと褒め過ぎだけど、でも好きな映画の一つです)
  と、、、いうことで、ベニスで死ぬ訳ではないけど、パリから一路ベニスに飛んだ。

 今回のベニス訪問は市内ではなく、ベニス郊外の工場を廻るのが目的なので、宿も移動に便利な郊外、ベニス市内から車で20分ぐらいの場所に宿を取った。でも、せっかく来たので、仕事の合間をみてベニス市内に出かけてみた。
 いざ、、ベニスへ・・

 ベニスに行くと驚くのは、こんな街が、この現代にそのままよく残っているものだということだ。最初に訪れた時は、まさに現代の奇跡かと思った。ベニスはもともと遠浅の海の中に、アルプスから切り出した樫の木を打ち込んで、それを基礎として、その上に建物を作り、残った所が水路になったという街なので、正確には水路ではなく、建物の間に残った海とも言える。樫の木の基礎だけなので、ベニスの建物は常に沈下していて、床は大きくうねっているのが常だそうだ。

 日本だったら、沈下している建物なんて言語道断で、耐震基準も何も、それ以前に取り壊されてしまうと思う。でも、ベニスは、昔の建物が、昔のままでそのまま残っていて、その中に実際に人が暮らしている。日本だったら考えられない。

 余談になるけど、伊勢志摩の賢島にある志摩観光ホテル、レストラン「ラメール」でも有名だが、実はこの建物、村野藤吾の名作なのだけど、耐震基準に満たないという理由で一部取り壊されるそうだ。私の最も好きなホテルだけに、こんな名建築が取り壊されるのは本当に残念です。なんか、ベニスに来て、村野藤吾を思い出してしまった。

 昼間のベニスは観光客の喧噪に包まれているが、たそがれ時になると徐々に人も減ってきて、ベニスは昼間と違った別の顔を見せ始める。日が落ちる毎に、刻々と顔を変えて行くベニスの街、、、 もう、「美しい」という月並みな言葉しか見つからない。

 街には灯りが少しずつ灯り始めると、建物の色さえ、微妙に変化してくる。水面に映り込む光が誘うように揺れている。

 そして、夜のとばりがベニスの街を支配する。
 街角から人の影は消え失せ、観光地としてのベニスの顔はなくなり、そこにたたずむ者の想いを遥か中世に馳せてくれる。

 家々のべネチィアン・グラスのシャンデリアに灯がともるり始め、ベニスはやがて暗闇の中に消える

 まさに、「ベニスに死す」

TITLE:オルセー美術館のエミール・ガレ

 再びパリの話題です。
 オルセー美術館、、実は何故か一度も行った事がなかったのです。
 今回、ようやく夢がかなってオルセー美術館を堪能してきました。

 噂に違わず、素晴らしい美術館でした。
 元駅舎だそうで、写真のように巨大な空間と、恐らくコントロールされているとは思うのだけど、自然光がサンサンと降り注いでいる空間の中で見る名画は格別でした。
 驚いたのは、フラッシュをたかない限り、写真撮影は認められてるのですね。「名画の著作権は美術館にあるのか」という議論もあると聞きますが、オルセーではそんな意味から撮影を認めているのかもしれませんね。

こんな名画が、自分のカメラに収める事ができるばかりか、このデータを使って名画のスクリーン・セーバーを自分のコンピューターにセットできるわけです。

 所蔵の名画はいろんなところに紹介されているので、今日は少しインテリア関係の所蔵品、特にエミール・ガレの作品と彼の使った動物モチーフを紹介します。

 エミールガレのソファー。アールヌーボーらしい作品です。いまインテリアそのものがデコに振れている事もあってか、こういった装飾性の高い家具が新鮮に見えてくる。実際にソファーも当社が扱っている「Black Mink」のような装飾性の高いソファーが徐々に人気が出つつあることからも考えて、日本のインテリアもこういった傾向の家具が浸透してくるのだろうと思ってます。

 このソファーの肘掛け部の装飾のアップです。素晴らしく精緻で美しい職人の技てすね。
 このソフアーだけど、現在ソファーより座面がかなり低い。昔のソファーはこんな高さだったのか、それともエミールガレ独特のものなのか?誰かご存知の方がいれば教えて下さい。

 金具に使われていた動物モチーフ。ネズミを家具の取手のモチーフに使うという発想も面白いと思った。

 
 今度は、なんとナメクジ、、、凄いモチーフだと思うけど、見てると何故か可愛く見えてしまう。

 収納扉の表面に施された象眼。モチーフは鶉かな??

 デコの流れの中で、動物もチーフもありかな、、と、、思って、六本木ムーブルのオープン記念に「Flyig Pig」という豚に銀の翼が生えた貯金箱を売り出してみた。売れ行きはご存知の通り、オープン前の内覧会で完売してしまって、オープン記念にはならなかった。
 また、9月末には陶器製の「カエルの王様」シリーズを発売したが、これも数日で完売してしまった。
 動物モチーフ、、もしインテリアの中に入り込んで来るとしたら、どんな形なのだろうかと、、考えるとなんか楽しくなる。中には、お風呂の猫足のように既に定着を始めてきたモチーフもある。
 実は、ここオルセーにはガレの設計した部屋が丸ごと移設されて展示されています。暗くて撮影は出来なかったのですが、インテリア関係者は必見だと思います。特に、インテリアのトレンドがデコに振れ始めているいま、このガレの部屋は一つの方向性の示唆を感じさせてくれした。
 今日の夕方にはベネチィアに向かいます。

TITLE:F1日本グランプリに行ってきました その3

 今日は決勝、でもまた生憎の雨と霧。雨は予選よりは少し多いが、霧が少ないようなので、なんとか開催出来そうだと勝手に決めて、いざレーストラックへ出陣。
 レース場内は、さすが決勝というだけあって、昨日とは比較にならない程の観客、凄い人出だ。雨具に身を包んだ人の群れが延々と続いているという光景は、ある意味では一種異様な気がした。

 メイン・スタンド前のメーカーのブレゼンテーションブースには、過去のHONDAの栄光ともいえる、リッチーギンサーが乗って優勝したHONDA・F1 が展示してあった。いまのHONDAはなんかトヨタの焼き直しみたいな会社なってしまったが、あの頃のHONDAは本当に面白かった。
 私の後輩でやたらF1に詳しい男がいて、実はこの後輩、知識は脱帽するほど豊富なのだけど、その偏り方もまさに脱帽に値するという、そんな不思議な後輩だ。まあ、後輩というより、尊敬する友人と言った方がいいかもしれない。どんな方向に偏ってるかは、彼のブログを見れば一目瞭然なので、ぜひ覗いてみて欲しい。
 彼にこの栄光のHONDAマシンの話をしたら、こんなメッセージを寄せてくれた。
ホンダのF1デビュー作RA271はエンジン横置きV12。シャーシも当時主流だったパイプフレームじゃなくてモノコック。設計したのが第二次世界大戦中の飛行機屋さん。撃たれるわけないのにガソリンタンクはボディ各部に分散したゴム製。機銃で撃たれてもガソリン漏れない(笑
エンジンなんかむき出しで良いのに、本田宗一郎「ワシの車がエンジンむき出しとは何事か!」の一言で、しっかりエンジンもサスもシャーシに中に納めた。
その改良型のRA272をリッチーギンサーが運転して、メキシコで勝つんだけど・・・初開催のメキシコGP。?地の薄い空気でガソリンがちゃんと燃えなくて他チームが苦労している中、ホンダだけはすいすいと優勝・・エンジンの設計とエンジニアが飛行機屋さんだもん(笑
この後、ホンダチームは勝つために、ローラのシャーシにホンダエンジンを積んだRA300と、本田宗一郎率いるホンダオリジナルRA302チームに分かれて・・・そりゃもうあんた、RA302なんか3000CC空冷、しかも冷却システムなしの自然空冷って、バイクじゃね〜つ〜の(笑 

 ともかく、あの頃のHONDAは夢を感じさせてくれた。
 余談だけど、アメリカ留学を終えて帰国して、日本で最初に購入した車は CIVIC だった。その後、HONDAの車に乗り継いだけど、HONDAの車造りの思想が確実に変わって行くのを目の当たりにして、徐々にHONDAから距離を置いてしまった。
 ちょっと話題が逸れてしまったので、F1の話に戻します。

 現代のF1で特筆すべきはエンジンの出力と車の軽量化だという事は誰も知っていると思うけど、どれだけ軽量化されてきたのかという具体的な数値は意外と知らない。写真はフェラーリ車のフロント部。全てカーボンファイバー製で、写真では実感出来ないが、メカニックが二台分のフロント部をひょいと片手で持ち上げて運んでるのを見て、ちょっとした目から鱗だった。
 エンジンの重量については、まさに衝撃的な軽さで、僅か95Kg。19000回転で800馬力を絞り出すエンジンの重さとはとても思えない。

 食事をして暫くブラブラしていると、いよいよ決勝が始まった。23台のF1カーが一斉に吹かすエンジンの音は、まさに轟音。耳栓なしではいられない。先頭はマクラーレンのハミルトン。最後尾は日本人のドライバー二人、佐藤琢磨と山本左近。レースそのものは、霧と雨の関係で、イェローフラッグが出たままで、先頭のペースカーに引きずられて20周近くレースが始まらなかったのは、ご存知の通りです。

 いらいらしながら待っていると、ようやくレースが始まった。凄い水煙を立てて失踪するF1カー。これでは後ろの車は何も見えないと思ったが、後からニュースを見ると、実際に視界は殆ど遮られていたとか、佐藤琢磨がインタビューで言ってた。

 レースも凄いけど、ピット・ワークもかなり見物だった。実際のレースでのピット・ワークを目の当たりに見るのは始めてだったけど、テレビで見るより遥かに速い。
 まさに、、「はゃっっ」っていう感じ。
 フェラーリのピットワークを、動画に撮ってみた。少しはその速さが実感出来るかなぁぁ??

 レースの方は荒れ模様だったけど、結局ハミルトンが安定した走行で優勝。
 写真は、レースカーの上に立ち上がってガッツ・ボーズをするハミルトン。
 
 富士スピードウェーイは始めて行ったのだけど、良く知ってる人の話を聞くと、このF1開催の為に200億の巨費をかけて改造したらしい。そのせいもあってか、施設は鈴鹿に較べて格段に新しくて気持ちがいい。
 今回のF1の運営について、雨という不運もあったと思うけど、かなり批判があるようで、そのとばっちりが何故か私の方にも飛んできた。仕事の一環として書いてるブログに反感を持たれても何なんで、内容については一部削除、訂正しました。詳しくはコメントをご覧下さい。

TITLE:F1日本グランプリに行ってきました その2

 二日目は生憎の雨で霧も出ていた。
 ペンションを出て、スピードウェーイに向かう。
 チケットに指定された場所は、昨日と違って案内がちゃんとしてあった。場所はメイン・スタンド前のストレート。凄い場所だ。少し移動すると、ストレートから最初のヘアピンまで一望に見える。ビルの裏側からはバックのS字カーブも一望に見えた。

 午前中のスケジュールは「フリー走行」と書いてあったが、生憎、雨と霧で中止。仕方がないのでブラブラしながらビル内の行ける場所を探検していると、「Padoc Walk」と書いたプラカードの後に、人がぞろぞろ付いて歩いていた。これは、きっとパドックの見学が出来るに違いないと思って付いて行くと、その通りで、その行列はそのままパドックの前を歩いて見学が出来た。

 それぞれのパドックの前には簡易柵がしてあって、中までは入れないようになっていたが、よく見るとパドックの中まで入って見学している人がいる。HONDAのパドックで聞くと「HONDA Formula one Club」だけしか入れないそうで、自分のチケットを改めて見ると、どうも自分のは「Ferrari Fomula one Club」のようだ。すると、これはきっとフェラーリのパドックの中に入れる筈だと、フェラーリのパドックの前で順番を待っていると、そのまま入れた。目の前は、憧れのフェラーリのパドック内で、メカニックが忙しそうにマシンの調整に余念がない。
 これには、ちょっとどころか、かなり感激した。

 タイム・トライアルの方は、霧でレスキューヘリが飛べないということで、少しスタートは遅れて始まった。ポールポジションは、ご存知の通り、最後のアタックでマクラーレンのハミルトンがトップに躍り出た。アロンソの悔しがる光景が目に浮かぶようだった。

 夕方までレーストラックにいて、ペンションに帰った。
 明日はいよいよ決勝

TITLE:F1日本グランプリに行ってきました その1

 今年のサローネの時に、取引先の会社の会長から「F1は興味があるか?」って聞かれたので、「勿論ありますよ、、それもかなり・・」って答えたら、「今年の日本グランプリに招待してあげるよ」って言われて、ずっと楽しみにしていた。
 でも、どんなシートなのか、何時なのか、、何も分からないまま時間が過ぎて、ちょっと諦めてたら、グランプリの数週間前に「チケットは御殿場のフェラーリ・チームのホテルに預けてあるから取りにくるように」という伝言があった。
 半信半疑で、山中湖の近くで宿も取り、グランプリ初日に御殿場のホテルにチケットを取りにいくと、案の定チケットは来てなかった。フェラーリ・チームの連絡を取ると、ホテルに預けるのを忘れてたので、これから届けにいく、、そんな電話が、、でも、フリー走行が始まったみたいで、先方の声が殆ど聞き取れない。

 でも、どうしようもないので、暫くホテルのロビーで待機、、待つ事小1時間、フロントにフェラーリ・チームのユニフォームを着た女性が登場。そこでようやくチケットを頂いた。

 チケットは三日分あって、それぞれ違うし、シートの番号も何も書いてない。チケット・タグには「フリーシーティング」って書いてあるだけ。

 何が、何だか良く分からなかったけど、ともかく行ってみようということで、パーキング・シールを車のフロント・ガラスに貼付けて、いざ富士スピード・ウェイに出陣。

 駐車場に入ったはいいけど、ここからどこに行っていいのか、皆目不明。ガード・マンに聞いても、さっぱり要領を得ない。
 この時にはレースも終わってしまってたし、どこに行っていいのか分からなかったので、この日はレース場の中をうろうろして、そのまま山中湖に予約したペンションに帰還。

TITLE:バリの大観覧車

 富士のF1観戦に三日間出かけてましたので、nabe forumの更新も少しさぼってました。
 F1の観戦記については、また後日ということで、今回もユーロッパ出張報告の続きです。
 パリの夜、光に誘われてシャンゼリセー通りへ、、
 コンコルド広場には、なんと大観覧車を発見。遊園地大好き人間としてはこれを見逃すことは出来ない、、ということで、早速乗ってきました。

 日本の大観覧車とは違って、一回乗ると三回ぐらい連続して回転する。それと、観覧車の篭はまるでオープンで、ガラスも、防護柵も何もなく、いきなりのオープン・エアーで、ちょっとスリル満点。同行した社員の一人が高所恐怖症で、当然大観覧車の中で死んでました。

 大観覧車の上から眺めるパリの夜景はまさに絶景です。
 宝石を散りばめたようにライトアップされたエッフェル塔を眺めて、とても幸せな気分になりました。

TITLE:HERMESも豹柄

 サントノーレと言えば、有名なのはHERMES本店。
 ショーウィンドウには豹柄とクロコ・グッズが所狭しと展示してあった。

 珍しい豹柄のケリー

 これも珍しい豹柄のボリード
 豹柄の流行がついにHERMESまで来たか、、そんな感じかな?
 ため息が出過ぎて写真を撮るのを忘れてしまったが、クロコ・グッズもHERMESショーウィンドウを埋め尽くしていた。あまりに高価すぎるクロコ。例えばクロコの男性用のロング・コートの価格を見たら 1500万円だった・・・ 凄い!
 そんな高価なHERMESだけど、店内に入ると、まるでバーゲン会場のような混雑。明らかに接客の順番を待っていると思われる客ばかり。久しぶりに店内に入ったのだけど、何か以前と店内の印象が違う。何が違うのだろうと、よくよく見たら、以前は溢れていた日本人の数が圧倒的に少ない。買い物を実際している客も、日本人は少数で、溢れかえっている客の大半が欧米系かアラブ系。
 世界的な富裕層の台頭に取り残された日本。高城剛の言う「日本の国力がここ10年で4位から24位に大転落」という言葉を象徴するような光景だった。
 同じような光景はHERMESの向かいにある「Dolce&Gabbana」でも見た。高価なDolce&Gabbanaの服の試着を繰り返し、買う事を決めた服は近くのソファに積み上げて、まるでバーゲン会場のように服を買っているお客が溢れていた。ネクタイを一本だけ買いたかったのだが、店員は忙しく走り回り、誰も相手にしてくれない(涙)
 ここでもお客で日本人は皆無。買い物をしている客は全て欧米人かアラブ系。
 日本の国力は世界的に見て、明らかに落ちてきているというのは、ヨーロッパに出張する度に感じてはいたが、実際にこんな光景を目の当たりに見ると、やはりかなりショックだった。

 最後の写真は、世界で最も高価なファション・ブランド「 Roberto Cavalli」の店頭に飾ってあった豪華なパーティードレス。ちょっと話はそれるけど、この服もメタリック。どのファションブランドもメタリック・テーストの服を一斉に発売し始めた。インテリアのトレンドはファションから始まるとしたら、インテリアの次のキーワードは、やはり「メタリック」だと思う。

TITLE:パリの街角に見かけた家具達

 パリの街角で見かけた、ちょっと面白いと思った家具達です。
 サントノーレ街のピェール・カルダンのショップのショーウィンドウに不思議な家具を発見した。どうしてカルダンのショップに家具が並んでいるのか、それもショーウィンドウの三面も使って展示してあるのか、理由がまったく不明でなので、誰か知ってる方がいれば解説して欲しい。

 デザインは多分にオブジェ的で、家具に機能を求めすぎる日本の市場ではあまり見かけないし、一般的ではないのだけど、欧米では空間のオブジェ的な要素がより強い家具というのはよく見かける。

 紹介したこの家具達も、収納するという機能は確かにあるのだけど、それはこれらの家具の本意ではなく、むしろ空間に置くとこで一瞬にして空気感を変えてしまうことが、これらの家具達の本意だと思う。白い何もない空間に、一つだけ置かれたこの家具を想像してみて下さい。
 それにしても、この生物モチーフの家具にはちょっとやられた、、そんな感じかな?
 家具というのは、機能だけを追い求めると、デザインは同じようなものになってしまったり、多分に単調になってしまうものだと思う。ちょっと前だけど、サローネを報じるイタリアの新聞にこんな記事が出てたのを思い出した。
 「これ以上新しいソファーをデザインするには、人間のお尻の形を変えでもしない限り、新しいものは出てこない
 新しい家具デザインは、機能を超越した所から生まれるような気がします。

 サントノーレをさらに歩いていくと、サントノーレで一番過激なショップ「ジョン・ガリアーノ」の店頭で、ガリアーノのニュースペーパー柄の椅子とオットマンを発見。
 この椅子は単なるショップの装飾用として置いてあるだけなのか? それとも販売されるのかは不明だけど、個人的にはちょっと欲しいと思った。
 FENDI が家具を発売したり、ドルチェ&ガッバーナとロン・アラッドとの関係なんかを見てると、これからアパレル業界からの本格的がインテリア・家具業界への参入があるのかもしれないと思った。

TITLE:「メゾン・ド・オブジェ」の落とし物

 本当に落とした物じゃなくて、今回の「メゾン・ド・オブジェ」の会場でちょっと気になった物たちです。
 木製のユーズド加工をした飛行機を発見

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 この木製の飛行機は本当に古い物ではなく、新しく制作したものを、ユーズト加工というか、ビンテージ加工というか、わざわざ古く見せる為の加工がされている。真新しい塗装をされた木製の飛行機ならあまり魅力もなく、見向きもしないけど、こうやって古く見せる加工をすることで、なんとも言えない美しさを感じる。欲しくなってくる。

 このブースには、色や、形を変えて、ビンテージ加工をした飛行機が並んでいた。古く見せるという商品は、前回の椅子でも紹介したよう、これ以外にも多くのブースで見られた。ビンテージ加工された商品というのは、去年あたりから「メゾン・ド・オブジェ」で少しずつ増えてきているような気がするし、そのビンテージ加工の技術も、僅か1年だけみても、かなり洗練されてきたような気がする。もともと、アンティークのリメイクの職人が多数いるユーロッパだから出来るのかもしれない。
 大量生産品の生産拠点が、先進国から発展途上国に移る過程で、一般的な工業生産品の価格が大幅に下がることで、ひと昔前は一部の人しか保有出来なかった製品が、誰もが持てる時代になってきました。これによって、工業製品の相対的な価値観というのは、この価格の下落に伴って薄れてきていると思います。端的に言えば「保有する喜び」もたらす物が一般的な工業製品では少なくなりつつあるのではないでしょうか。
 では、消費者は何に保有する「喜び」を見つける事が出来るのか、これがこれからのマーケッティングのキーワードではないとか思います。
 今回の「メゾン・ド・オブジェ」で取り上げたものは、今回のユーズド加工された商品であったり、製品そのものに計算されない偶然性を感じさせるものであったり、はたまたアートに近いものであったり、、大量に供給されている工業製品の対極にあるものではないでしょうか?
 これからの成熟した消費者は、こういった物に大きな興味を示してくるのではないかと思っています。

 前回も書いたけど、世界的な富裕層マーケットの増大を受けて、ガーデン・ファニチュアーだけの専用館が設けられていた。ガーデン・ファニチュアといっても、日本のDIYショップで見られるようなチープな商品ではなく、チーク材等の本格的な素材と、パトリシァ・ウルキォラのような本格的なデザイナーを起用しての、かなり高額な商品ばかりで驚いた。
 写真は、あるブースの天井から吊るされて風で揺れ動く銀色の魚の風船。まるで群れをなして泳ぐ魚群のようで、ディスプレーとして少し感銘を受けた。
 揺れ動くシャチ